SPEECH BY MR.
KIMMO SASI, MINISTER FOR FOREIGN
TRADE OF
FINLAND, WEDNESDAY, FCCJ-LUNCHEON
(FINNISH
CHAMBER OF COMMERCE IN JAPAN) 23.5.2001 / 13:30
「1990年代の経済成長期におけるフィンランド外国貿易」
ご来場の皆様
フィンランドにとって90年代の10年間は決して穏やかな時代ではありませんでした。もちろん、辛い目にも遭いました。90年代の初期の頃には、バブル経済も終局を迎え、景気は低迷し、大変多くの失業者を抱えていました。しかし、同時に、こうした苦しい経済状況の最中で、将来に備えた準備も着々と進めておりました。そして今、あの辛かった時代からようやく這い上がることができました。スイスの国際経営開発研究所がつい最近発表した世界競争ランキングでは、1位にアメリカ合衆国、2位にシンガポール、そして、3位にフィンランドの名前があります。
たしかに、わが国の競争力が高まったことは、貿易実績にも如実に見て取ることができます。貿易黒字によって、大きく膨らんでいた国の借金を予定よりも早いペースで返すことができるようになりました。
もうひとつわかりやすい例では、フィンランド企業がどんどんグローバル化しているということです。フィンランド経団連の調査によれば、1999年の実績では、企業の全生産高のうち、68%が海外での生産によるもので、また、従業員の46%がフィンランド国外で就労していたことがわかりました。これを数字に直して考えますと、2000年では、海外生産高はおよそ500億ユーロで、我が国の輸出高とほぼ同じになります。フィンランド企業が行う対外直接投資の総額は、500億ユーロを超えており、現地採用の従業員数も20万人以上となっています。同じ調査によると、2004年には、1999年に770億ユーロだった海外生産高がその2倍以上になると予測されています。
このフィンランド企業の国際化に対する説明としては、わが国が95年にEUへ加盟したこともありますが、もっと本質的には、企業自らがそれぞれの自己責任において進むべき道を見定めたことが大きな要因だと思います。
ほんの10年前の大変厳しい状況からどのようにして立ち直ったのか
実は、当時の状況は当初の予想ほど悪くはありませんでした。たしかに、企業の財務状況はひっ迫し、債務超過の企業も数多く存在しました。しかし、幸運なことに、輸出企業の技術力は盤石でした。そこで、企業は、市場競争をし、合理化を進め、本業以外の分野からは撤退し、投資効果を高めるよう事業計画を練り直し、生産設備を最先端のものに替えることによって、業績を伸ばしていったのです。こうして成功していった企業の中には、いまや世界のノキアとなったような会社もあるのです。
他方では、銀行などの大企業も建て直しに失敗し倒産してしまったものもありました。これによって、金融部門は壊滅的な打撃を受け、政府が乗り出して預金保障をしたり、いわゆる「不良債権処理機構」を創って不良債権処理を行いました。しかし、資本主義社会には破産・倒産はつきものであることは国民が理解しておりますし、うまくいかない会社が淘汰されたおかげで、生き残った企業はやりやすくなったのです。
フィンランド・日本両国の貿易関係
フィンランドと日本の間の貿易・経済面での付き合いは意外に古くて幅広いものになっています。ご存知の除雪車ですが、あれは1920年代にフィンランドから日本の鉄道会社が購入したものなのです。その後はライセンス生産で日本でも作られるようになりました。また、わが国がEU加盟国となる前の話しですが、フィンランド市場は日本企業にとって「腕試し」の場所でした。ダットサンのブランド名で知られる日産などの自動車メーカーが良い例ですが、ヨーロッパ市場へ新車種をおろす準備段階で、フィンランド市場にまず出してみて試されていたのです。
ヨーロッパ諸国を除けば、アメリカ合衆国の次に日本がわが国の主要な貿易相手国です。日本の景気低迷にも拘わらず、昨年2000年のわが国からの日本市場への輸出は、前年比で29%も増えています。金額で言うと、51億フィンランド・マルッカ、およそ9億ユーロ、およそ980億円になります。日本からの輸出も増えまして、昨年は前年比で6%増、金額で、116億フィンランド・マルッカ、およそ2億ユーロ、およそ218億円でした。
こうした数字から申し上げたいことは、フィンランド企業にはもっとがんばんで、ということです。と言いますのは、日本はスウェーデンやデンマークといった他の北欧国家からは2倍、いや、3倍も買っているのですから。
いったいなにが問題になっているのでしょうか?遠くて連絡が取り難いのでしょうか?いいえ、そうではありません。ヘルシンキ・東京間の空の直行便は1980年代のはじめにはもうありましたし、時間だってほんの9時間です。コンタクトがとりにくいはずがありませんね。しかも、今の時代、飛行機に乗ってわざわざ会いに行く以外にもコンタクトを取る手段はいくらでもあります。
それでは、日本市場の壁が高すぎるのでしょうか?たしかに、高いところもあるのかもしれません。しかし、フィンランド企業はこれまで世界市場へ進出するためにいくつもの困難を乗り越えて成功を収めてきました。日本でも、小泉純一郎という力強い規制改革論者が総理大臣に就任され、日本の市場開放を一層推し進めてくれると期待しております。
もうひとつ明るい話題があります。4月4日にブリュッセルで合意されたEU-日本相互認証協約があります。この協約は、医薬品、化学薬品、情報通信機器、電気機器の4分野で規格適合性をお互いに確認し合うことを約束するものです。この協約がカバーする経済的規模は、年間213億5千万ユーロ、およそ、2兆3千億円になり、輸出企業側が年間最大4億ユーロ、およそ436億円のコスト削減につながります。
両国貿易の将来の展望
(1)情報通信技術、とりわけモバイル通信技術は両国が協力していける重要な分野です。日本製の電子部品がフィンランド製品に使われるなど、IT関連の貿易はここのところ増えてきていますし、企業間では今後もっといろいろな分野で協力していけると確信しております。
(2)わが国の木材加工産業は、日本とはもうずいぶんと長い間お付き合いをさせていただいております。この分野においては、ヨーロッパ諸国の中では、日本の最大の貿易相手国です。これまでいくつかの日本の省庁から、日本は木材加工製品の輸入を制限すべきだという声が聞かれました。しかし、もしそのようなことになると、両国の関係は一気に冷え込むことになりかねません。わが国フィンランドにとりましても、対日輸出のおよそ半分を占める木材加工産業に対して日本が規制策を講じられては大変困ってしまいます。
(3)もうひとつ長いお付き合いのある業界に金属業界があります。その代表企業は、メッツオ、ヴァルツィラ、サヴコラ、KCIコネクレインズといった会社ですが、今回私に同行している企業代表団もこの業界です。
両国が今後協力を深められる分野には、環境テクノロジーやバイオ・テクノロジーなどの福祉だと思います。
最後に、フィンランド企業の皆さん、なんとか日本市場に食込んでマーケットを拡大すべく努力してください。決して不可能なことではありません。ただし、楽な仕事ではないかもしれません。肝心なことは、これは基本的にはあなたがた企業の仕事だということです。フィンランド政府も市場参入の手助けはいたしますが、日本でビジネスが成功するかどうかは、ひとえに、あなたがたの仕事ぶりにかかっているのです。
申し上げるまでもないことですが、努力の見返りはあなたがたのものであり、あなたがたの努力次第で、日本市場がくれるチャンスはとてつもなく大きなチャンスとなりうるのです。
ご静聴ありがとうございました。